'姫路の太陽公園'は2005年11月に行きましたが、この度此のページに移動するのを切っ掛けに改めて'太陽公園'に行って参りました。画像(写真)を大きくして枚数を増やしましたので'太陽公園'のページの容量が9MB位追加になりました。2009年4月19日に'白鳥城'が完成したら、又、'太陽公園'に行こうと思っています。'太陽公園'がある場所(アクセス)=兵庫県姫路市打越1340番地、詳しくは高画質 写真(photo画像)のページを御覧下さい。
2008/6/6撮影(編集日2008/6/11)。 追加、2009/6/4
白鳥城、入城(王座の間)に戻る     周辺から見た白鳥城に戻る    太陽公園へ続く
index.html            全画面にして下側へスクロールして御覧下さい。(25枚の画像)

始皇帝 兵馬俑坑(しこうてい へいばようこう)。秦始皇帝陵墓の東側1.5kmに位置する三つの兵馬俑坑は「品」字型に配列され、総面積は20.780ヘイベイです。三つの俑坑はそれぞれ独立はしているが、その布局を見ると軍事的な陣営が組まれています。太陽公園では、地面を2m掘り下げ、1.000体の素焼きの兵馬俑を、当時と同じ工法で復元し、中国より運び、設置したものです。
上記は、太陽公園(姫路市)のカタログの説明文を、そのまま、引用させて頂きました。
上記の兵馬俑は、中央の位置にあります。

'姫路市の太陽公園'にある上記の兵馬俑は、向って左側にあります。それにしても表情の違う1000体も中国で作って日本に運んできた・・・と言うのには、驚きです。
この説明文を読んで下記の画像(写真)を見て下さい。2009/6/2
この兵馬俑は、向って右側にあります。上記の説明文を見なかったら、年月が経って(地震でも)壊れたのかと思いました。この画像は'白鳥城'に入城した帰りに寄って撮影したのを追加して置きます。2009/6/2

萬里の長城(万里の長城)。紀元前221年、秦の始皇帝が天下を統一してから、30万の兵士、延べ数百万の農民たちを中国全土から動員し、日干しレンガを用い、長城を造り上げた。東は、渤海に臨む山海関から、西は、はるばる甘粛省の嘉峪谷まで、それぞれ築かれる土地によって築城法が異なっているが、主として城壁の高さは約1.5m、幅4m、さらに銃眼や望楼を設け、北方の遊牧民族侵入に備えた。中央集権制を完成して、絶対の権力を握った始皇帝が築いた長城は、漢以後、北魏、隋、金の時代に改修が加えられ、明の時代になって今日の姿を表わし、約6.100kmにおよぶ長城は、月から見える唯一の人工建造物となった。
1992年10月11日、心身障害者の人達の社会参加と自立の為、太陽公園を設置し、ここに萬里の長城を建造した。
上記は、太陽公園(姫路市)の登城門の横にある石碑の説明文を、そのまま、引用させて頂きました。

'太陽公園'の登城門を通りぬけた所にあります。一体ずつ表情が違います
石貨神殿(ヤップ島)。'太陽公園'の池のほとりにあります
58. 石貨神殿(ヤップ島)
59. ピラミッド・スフィンクス(エジプト)。'太陽公園'の五百羅漢へ行く、左方面にあります
こわ〜い、人頭獣身の像(スピンクス)の間の階段を登って行くと・・・
中には、ツタンカーメン(エジプト)が展示してあります
61. 五百羅漢(日本)。500あるのでしょうか、数えていないので分かりません。バックは 60. 鶏足寺(日本)
70. 涅槃像(インド)。'太陽公園'の五百羅漢の前にあります
涅槃像の前にあり、「托胎霊夢(たくたいれいむ)」 ・「占相、祝宴、勉学」・「出城前夜」、等と書いてあり釈迦の生涯を綴ったものだと思われますが、出来て間がないのか詳しい説明もありませんので分かりません。何れにせよ、凄い彫刻です
'白鳥城'に行った帰りに寄って撮影したのを追加して置きます。以前、'太陽公園'に行って撮影してから約一年になりますが、これらの凄い彫刻が増えており、更に土台が出来て空いている場所があり、もっと追加されそうです。又、所々に欠けているのがあり、製作中に壊れたものなのか、原物が元々欠けているので、それに真似てそのまま作ってあるのか私には分かりません。完成してからの説明文が出来るのを待ちましょう。2009/6/2
'太陽公園'の鶏足寺の横には、国会議員、県知事等の政治家さんの記念碑がずらり
画面中央右の朱色の屋根は天安門。左のグリーンの屋根は双塔寺。中央上のグリーンの屋根は鐘楼(韓国)。塔は双塔寺の双塔
68. 磨崖仏(まがいぶつ)(インド)。'太陽公園'でくれる石像マップでは、磨崖仏の場所が分かり難かったです

天安門  中華人民共和国。明の永楽帝が現在の南京から北京へ遷都したのが永楽16年(1406)。15年の歳月と延べ20万人以上の労働力を駆使して築き上げたのが紫禁城である。以来500年に亘り明・清朝の皇城となった。東西760m南北960m高さ10mの城壁が囲み60以上の殿閣が建ち部屋数は9000にも達する。その名の「紫」は「天帝の座の紫微垣」に由来するものでその皇城の正門が天安門である。現在でも主要な儀式はこの天安門楼上で行われ政府の要人や外国の賓客が居並び天安門広場を埋めつくす群衆に答えるのである。1949年10月1日毛沢東率いる中国共産党が蒋介石の国民党を圧しあの金色の五星輝く紅旗を厳粛に掲場したのも天安門でのことである。  太陽公園では日中の永遠の友好を祈念し、天安門・天安門広場を設置した。
上記は、太陽公園(姫路市)の説明文を、そのまま、引用させて頂きました。
(太陽公園にある天安門広場も結構広い面積がありました)

双塔寺の山門
双塔寺
万里長城門。太陽リハビリ館の前を通って天安門の北側あたるここから階段を登って左側に行くと磨崖仏。戻って右側へ行くと、万里の長城の双塔方面へ。戻らずに磨崖仏の案内板の所から北へ万里の長城の「長城回廊」方面は林のみで景色は、駄目でしたのでお勧め出来ません
'太陽公園'にある天安門広場の東側のここから万里の長城へ行くコース
鐘楼(しょうろう)(韓国)。上記の天安門広場の右側の所から万里の長城へ行く途中にあります。ここを通って右側の塔がある双塔「望楼」方面に行き、山頂に登ると2009年4月19日オープンの白鳥城が見えると思います。双塔の所から二手に分かれる道案内の左(西)「長城回廊」方面は、万里長城門の所で説明したとおり、林のみで景色は、駄目でしたのでお勧め出来ません
56. 韓国灯籠(韓国)。下側の彫刻は皆、違います。'太陽公園'の兵馬俑坑の近くにあります

index.html   白鳥城、入城(王座の間)に戻る    周辺から見た白鳥城に戻る    太陽公園へ続く
《無断掲載を禁じます》 但しリンクはフリーです